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-海外で暮らす家族と共に -
子どもの心と健康: 異文化での生活と家族
バックグラウンド
● 家族療法について学ぶ為英国へ
● その後数年間家族療法家として主に児童青年のためのクリニックで勤務
● 2004年から精神科医として児童青年のためのクリニックと入院病棟で勤務
家族というレンズを通して子どもの問題を理解し、解決していく考え方
● イギリスで出産し、最初の数年間の子育てをした後帰国
母親として、イギリスから日本へという環境の変化を経験
● 約12年ぶりの日本
留守にしていただけに感じる日本の変化、特に家族を囲む状況の変化
「家族療法」は家族や家族を囲む環境がそれぞれの人の精神状態にどう影響していくかという理論にもとづいています。この療法についての話が、実際に異文化との適応の過程にある方々への理解を深めるヒントとなり、また問題の解決方法を少しでも掴んでいただければ幸いです。
子どもの情緒や行動の問題にはさまざまな要因があります。子ども自身の病気や発達の問題、性格の問題もありますが、それ以外に「いじめ」などの学校での問題もあります。帰国子女の場合、日本と外国との価値観や求められることの違いに戸惑ったり、そのことでいじめにあったりして問題行動が現れることがあります。
家族がストレスを抱えていると子どもは不安定になります。例えば、誰かが病気になったり亡くなったりするとか、両親の離婚、家庭内の暴力、父親/母親の失業、虐待などは子どもの気持ちに影響します。また家族が隣近所と仲が悪いことなども影響します。
80年代にアメリカのパターソンが行った研究があります。ビデオやテープレコーダーに様々な家族のやりとりを記録し、分析した結果から、「威圧的家族プロセス」という考え方を提案しました。「このプロセスが家族内に存在していると、子どもは問題行動を起こすようになる」という3つのステップからなるプロセスです。
威圧的家族プロセスの下では子どもは親に嫌なことをされた時には自分も嫌なことで反撃すれば大人は引き下がるという学習ができてしまいます。大人は自分が引き下がれば子どもも引き下がるという学習ができ、反撃してきた時は引き下がった方が楽だと考えます。子どもも言い返せば大人が引き下がると知っているので、悪循環となっていきます。子どもの問題行動や乱暴な行動を家族がそれと気がつかずに教えてしまっているという研究報告です。
どうしても無視できない行動については穏やかな罰の与え方をしましょう。静かに考えられる場所に送りこんで、2,3分ぐらい頭を冷やさせたり、テレビを見る時間を減らしたりします。このような方法を教えるペアレントトレーニングがアメリカでもイギリスでも盛んに行われています。
特に多動性障害・ADHDなどの発達障害などのあるお子さんの子育てにはお子さんの特長に応じ特別工夫したやり方が必要です。
ここで大事なのはよい親子関係が成立していないと、どんなトレーニング、どんな育て方をしてもだめだということです。子どもとの遊び方をまず教えて、親子で楽しい時間を持てるようにすることを最初の課題にするペアレントトレーニングもあります。「子どもは自分との関係をきちんと成立している人」の言うことしか聞かないといいますが、私もそう思います。
できたことだけではなく、努力しているということ、我慢しようとしていることを褒められると自信になります。環境が変わって今までできたことができなくなった時、不安になっている時にはたくさん褒めてあげるといいと思います。
親が感情的になってしまうと色々なことがうまくいかなくなるので、そうならずに済むルールを作っておきます。タイムアウトということで、子どもから離れて静かな所で少しの間、口を利かないと親も頭を冷やせます。子どもはもちろん、親も感情的にならないようなルールがあると親も子も楽です。
子どもの精神科の領域では精神障害を引き起こす危険因子に関してたくさんの研究がなされています。
大人の場合、環境は心身の健康や子どもとの関係に影響します。両親の調子が悪いと子どもとの関係もうまくいかないというのはよくあることです。他の家族や親戚とも良い関係が持てなくなることもあります。うまくいけば自信もつくし、将来の希望も持てますが、毎日八方塞がりとか、職場での人間関係が不安定だと色々なことが嫌になったり孤立したりします。
子どもの環境とその影響を考える時に:システミックサイコセラピー(家族療法)
―家族療法の基本概念、理論、技法
家族療法とは、問題は個々人の内部にあるというよりは、周囲との人間関係や環境にあるという考え方です。
最初に原因があって、結果が起こるという一般的な考え方がLinear Causality(原因結果説)です。原因があって結果が起き、その結果がまた原因を引き起こして結果へと繋がり悪循環を起こすというのがCircular Causality(循環因果説)です。
例えば、夫婦喧嘩をして、夫は「お前が口うるさく言うからつい休みの日にゴルフとかに行く」、妻は「あなたが外に出てばかりで家や子どものことを手伝ってくれないから口うるさくなる」と平行線の話になったりします。その時に、どちらが原因か結果か分からないがどちらも少しずつ変えていこうという考え方をします。
これはエリクソンという人が言ったLife Cycle(ライフサイクル)という考え方を家族に当てはめたものとも考えられます。
家族は時間に連れて変化するもので、一つのレベルから次の段階へ移る時に家族の在り方は変わっていかなければなりません。うまく変化するための家族員の間の話し合いや交渉などが必要になる変化の時期というものがあると考えます。
文化によっても違いますし、色々な家族の在り方があり、結婚しない人もいるので、この Life Cycleが絶対ということではありませんが目安にはなります。
こういう変化の時に、大きく環境を変えるような出来事、例えば日本から外国に行って住む、外国から帰ってくるということがあると家族の持つストレスは大きくなります。このように家族のライフサイクルが変化する時や、家族全体に大きな変化が起こるときには注意が必要です。
家系図の書き方は上記のようになります。
ではここで、家族を考えるときに家系図がなぜ役に立つのか実際の例で見て行きたいと思います。
よく聞いてみるとこの家には夫婦と子どものほかに、母方のおじいちゃんが同居し、おじいちゃんとお母さんは仲が良く、お孫さんとおじいちゃんも仲が良いことが分かります。そのことから、おじいちゃんはお嬢さんの問題をサポートすることができると考えることができます。
同じように夫婦と子ども一人の場合でも別の家族でこんな場合があります。お父さんは単身赴任、お母さんと近所に住んでいるお姑さんは仲が悪く、いつも喧嘩状態。この場合二つの家のお嬢さんの状態にそれ程違いがなくてもこの家庭の方が大変さの度合が高いと考えられます。周りの人間関係なども聞いていくと色々なことが分かってきます。
ではここでもう1つ、家系図が役に立つ例をお話しします。
家族の誰かが心の問題を示す時、構造に問題があると考え治療していくのがStructural Family Therapy(構造派家族療法)です。家族のバウンダリー、つまり家族内のグループ間の境界や 、ヒエラルキーに注目して家族構造を変えてくことで心の問題を解決していきます。
亭主関白の夫、乱暴で教師の言うことを聞かない7歳の男の子がいます。
その子は父親と仲良し、母親と5歳3歳の妹が仲良しで、男が女より上という状況が分かりました。母親が権威を持って子どもに注意できるように父親に必ずバックアップをするようにしてもらうことで、7歳の息子に母の親としての権威を理解させて行くのが、構造派家族療法の考え方です。
家族代々伝わる家族の物語やその家族に起きた出来ことが皆の気持ちや行動に無意識または意識的に影響しているという考え方です。
Narrative Therapy
● 人は皆だれでも自分についての物語を持っている
● その物語は、他人との関わりや会話のなかで作られていく
● その物語(=自分自身をどうみるか)を変えていくことで、問題を解決していく
● 異文化との遭遇:自分の物語の混乱
誰でも自分についての物語を持っていますが、それは人との関わりの中で作られていくものです。物語とは要するに自分自身をどう見るかということですが、見方を変えていくことで抱えている心の問題を解決していきます。
異文化との遭遇は、これまで自分に対して持っていた『自分はどんな人間か』という考え方、物語の混乱と考えられます。これは逆に言うと新しいチャンスにもなり得ます。これまで考えられなかった新しい自分像、自分について知らなかったことに気づき、新しい自分のイメージが産まれる可能性があります。何か大変な問題が起きて困った時というのは、同時に変化へのチャンスであるとも言えるのです。
Narrative Therapy の例
Sneaky Poo (ずる賢い”うんちくん”)
● 遺糞症の男の子A
● 大便のおもらし+時には便を部屋に塗りたくってしまう
● 父母の付き合いはこの為極端に狭まっている
● 母はうつ
● いくら注意しても治らない
日本ではあまり見られませんが、イギリスには「遺糞症」と言って、トイレのトレーニングがうまくいかなくて漏らしてしまう子どもが多く見られます。そのための専門クリニックもあります。長引くケース、悲惨なケースもあります。
Sneaky Poo (ずる賢いうんちくん)(3)
治療の技法から説明すると:
● Externalization(問題の外在化)
● 問題がA君の中にあるのではなく、A君自身と問題とは分離した別のものであるとの認識の確立
● A君も父母も共に被害者であることの確認
● 父母もA君も問題をなくす為に協力できるようにした
● 拒食症の治療にも役立つ考え方
10年ぶりの日本
● 1996年夏から2008年1月まで在英
● 日本では小泉内閣
● イギリスでは保守党政権が倒れて労働党政権への交代 (ロンドン市長も革新)
● 帰ってきて見て:とても不安定で安全の為のセーフティーネットの無い社会
● 一寸先は闇?
● 皆が自分のことで精一杯
家族を囲む環境と、いわゆる“難しい家族”の問題
● 学校の先生方が保護者との関係で対応に苦慮すること例の相談:多くが1人親家庭、特に母子家庭
● 日本で母親として子どもを育てることの大変さ (社会にシステムがない)
● 日本の子供の貧困率:世界の中でも高い方
● 貧困:1人親家庭、特に母子家庭の貧困
● 一人親家庭の就労率:OECD諸国30カ国中4位と高い
● ひとリ親家庭の貧困率:OECD 諸国30カ国中2位
=ワーキングプアが多い
梅ヶ丘病院でも学校の先生から色々相談を受けることがあります。保護者との関係で対応に苦慮するケースの相談に乗りましたが、一人親家庭に関することで困っている場合が多いという話でした。自分自身も含めて、日本で仕事を持つ母親が子育てすることは、とても大変だと感じています。父親の多忙と不在、父の親としての責任などの問題には触れずに、母親が子育て上の全ての責任を持つかのように、母を責める社会の風潮で大変だと思います。
家族の形の変化:英国
● 1972年をピークとして以後結婚の数の減少
● 再婚の増加:2006年には再婚は総結婚数の39%
● 初婚:1942年:総結婚数の91% →2006年には61%
● 離婚率:1971年(結婚1000組に6組)
から上昇傾向、2006年にピーク(12.2)で2007年11.9
● 一人親家庭の増加:子供総人口の約25%(9割:母子家庭)
● 同棲未婚の両親と住む子供の増加
● 結婚している両親と住む子供は37%(2006年)
● 出生率(合計特殊出生率)2001年の1.63以後6年連続増加、2006年:1.83
イギリスでは結婚数は減少、再婚が増加しています。結婚数の4割が再婚で、離婚率も増加傾向です。一人親家庭も増えています。子供の25パーセントは一人親家庭、その内の9割は母子家庭です。未婚で同棲している両親と住む子どもが多く、結婚している両親と住んでいる子どもは全体の37パーセントしかいません。出生率は増加しています。結婚してもしなくても社会的不利益を被らないので、どちらでも変わりはないと考える人が多いようです。
異文化の国に移り住むと言うこと
● マルタ人(地中海人)がロンドンに住んで
● 連合王国人
● アフリカ人、ジャマイカ人が、”叔母さん”と言ったとき
● 2人の日本人
● 異国に住む経験も、その異国の環境によって大きく違う
ロンドンの国営医療機構で働くと言うこと
● イギリス人とアメリカ人
ロンドンに住んだマルタ人が大変な思いをしてうつになったケースです。ラテン系の人は陽気で動作も大袈裟ですが、イギリス人は感情を外に出さないし、友達になるにも時間がかかります。また回りくどい言い方もします。そういったポーカーフェイスのイギリス人の中で苦労をしました。
イギリスは連合王国で、植民地だったインドやパキスタン、アフリカから移住してきた人達がいます。ですから、ブリティッシュといっても生粋のイングランド人ばかりではありません。ロンドンで働いていた時、日本人の自分もそれほど珍しいとか違うとか言われることはなくごく普通に見られ、受け入れられ、働くことができました。一方で田舎に住んだ場合、地域によっては日本人は目立ちます。イギリスの戦勝記念日に日本は第2次大戦での敵国で、英国人捕虜にたいしてひどい扱いをしたということで退役軍人にらまれたこともあります。異国に住む経験も、同じ1つの国の中でも場所や地域によって違ってきます。
イギリス人はどちらかというと引っ込み思案で壁を作りがちですが、アメリカ人はフレンドリーではっきり物を言うので、図々しいとか馴れ馴れしいとイギリス人は感じることがあるようです。イギリス人にとってアメリカ人との文化の違いは、他の文化との違いよりも大きいかもしれません。
社会や文化は子どもに影響を及ぼしますが、子どもや家族の方からも影響を与えていくことは難しいけれどできると思います。
“文化””異文化”とは何か?
異文化による問題とは何か?
● 移民の1世、2世、3世の問題
● 「若いもん」と「年寄り」の問題
● 人種差別の問題
● 価値観、習慣の違いや、そのことに無知であることから生じてくる問題
● では、同じ国からきた同じ人種は、価値観や習慣が同じなのか?
移民の1世、2世、3世では文化が違います。おおまかに言ってしまえば1世はもともとの文化を持ち、2世は新しい土地の文化も併せ持ち、3世は新しい土地だけの文化を持つ傾向があります。これらの間の軋轢もあります。
Multidimentional な文化の定義
以下のうちのいくつかの状況に身をおいていることから生じる、世界観、物事の意味付けや、行動
*都会/田舎/郊外 *宗教 *性的嗜好
*言語 *国籍 *政治的意見
*年齢や生まれた年代*社会的階層
*性別 *雇用 *移住の段階
*家族構成 *教育 *文化の喪失の程度
*人種、民族 *職業
異文化適応の例
● 外国勤務
● 外国から帰国
● 国際結婚 (家族内の複数以上の文化)
● 移住:1世、2世、3世の違い
● いずれの場合も家族の一員それぞれの状況、性格などで、異なる反応を示すのが普通
模擬ケース;夫と妻の属する文化
夫:都会人、日本語(英語少し)、30代、中流クラス出身、大企業の管理職、高学歴、移住の段階:新
夫の持つ人間関係=会社、地域(近所)
妻:都会人、日本語、30代、中流クラス出身、主婦、高学歴、移住の段階:新
妻の持つ人間関係=近所、子どもの学校関係
模擬ケースの異文化適応
1. 周囲の環境:ロンドン郊外、容易には友人がつくれない
2. 移住と文化喪失の程度:激しい。近くに友人もいない。どこで何を買っていいかもよ くわからない
3. 家族構成、家族のありかた:東京では得られていた親戚や祖父母からのサポートが無くなった
4. ライフサイクルの段階:子どもはまだまだ親の介入と保護を要する
日本にいても外国にいても、家族や家族を囲む環境は子どもの心の健康に大きな影響を与えます。異文化との適応のプロセスには個人差があります。絶対正しいという方法はなく、その人個人に合った方法でお手伝いをしてあげるということが私たちの仕事だと考えています。それぞれのプロセスに時間がかかっても、時間がかからないよりもいいこともあります。悪いことばかりではないという見方も大事で、それぞれの個性を大切にしながら、少しのんびり構えてあげるといいと思います。
第7回Group With メンタルヘルスセミナー 講演録 (作成 Group With)
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